本学 臨床遺伝科の池田真理子准教授らの研究成果が英国の学術ジャーナル「iScience」に掲載されました
世界初!福山型筋ジストロフィーの患者からiPS細胞を用いて大脳組織を再現
低分子化合物Mn-007投与で糖鎖量が回復することを明らかに
~福山型筋ジストロフィーの病態解明や治療薬開発に期待~
低分子化合物Mn-007投与で糖鎖量が回復することを明らかに
~福山型筋ジストロフィーの病態解明や治療薬開発に期待~
本学 臨床遺伝科 池田真理子准教授、神戸大学 青井貴之教授、小柳三千代助教、京都大学iPS研究所 櫻井英俊准教授、東京大学戸田達史教授、カリフォルニア大学 渡邊桃子主任研究員らの研究グループは、日本特有の小児難病である福山型筋ジストロフィー※1(Fukuyama Congenital Muscular Dystrophy, FCMDと略)の患者よりiPS細胞※2を樹立し、ヒト由来の大脳皮質モデルと骨格筋モデルを世界で初めて作成し、低分子化合物※4Mn-007が有効である可能性を発表しました(本研究の概要図、図1)。
池田准教授らはこれまでFCMDに効果のある低分子化合物を探索する研究をおこなってきました。その中で糖鎖を増強する治療法に着目し、Mn-007という低分子化合物を点滴注射で動物の末梢血に投与したところ、その化合物は血液-脳関門を通過し大脳に移行することを発見。つまり、この化合物は脳の症状を改善する新規の治療薬になる可能性があることがわかりました。そこでMn-007を大脳オルガノイド※3に投与したところ、大脳皮質の構造が一部改善され、またiPS細胞から作成した骨格筋においても、Mn-007投与により糖鎖量が回復したことが示されました。これらの成果により、今後、低分子化合物によるFCMDの治療法が開発されることが期待されます。
本研究成果は、英国の学術ジャーナル「iScience」(9月24日号)で発表され、併せてオンライン版が2021年9月14日に公開されました。
研究成果のポイント
- 福山型筋ジストロフィーの患者よりiPS細胞を(世界で初めて)樹立しました
- FCMD由来のiPS細胞から作成した大脳皮質は胎児脳にみられる皮質異常を示しました
- 糖鎖異常に対し治療効果のある低分子化合物Mn-007をiPS細胞由来の大脳皮質・骨格筋に投与したところ糖鎖の回復が観察されました
- FCMDの大脳オルガノイドでみられた皮質異常がMn-007により一部回復しました。FCMDのヒト組織での中枢病態の治療を世界で初めて報告しました
背景
FCMDはαジストログリカンという膜たんぱく質の表面にある糖鎖が欠損することがわかっています。糖鎖がないことで、細胞と細胞のつながりが破綻し、神経細胞の移動がうまくいかなくなり大脳皮質異常がおきるといわれています。FCMDの大脳では皮質の形成異常をきたすと考えられていますが、FCMD患者と同じ遺伝子の変化を有するネズミの脳はほぼ正常であり、病態を再現することが困難でした。
そこであらゆる細胞に分化する能力を持つヒトiPS細胞の特性を活かして試験管内で大脳皮質オルガノイドを作ることで、その病態を再現し、FCMDの病態解明や治療法開発に役立てたいと考えました。
研究手法・研究成果
池田准教授らは自らが診療を行っているFCMD患者の末梢血より福山型筋ジストロフィー患者由来のiPS細胞を複数株樹立することに成功。FCMDでは骨格筋・大脳の表面にあるたんぱく質のαジストログリカンの糖鎖の量が低下しており、FCMD患者由来の細胞においても、この糖鎖量が低下していました。また、iPS細胞より試験管内で分化させた筋肉組織や大脳組織(三次元大脳オルガノイド)においても同様に糖鎖量が低下していました。その大脳オルガノイドは胎児脳にみられるような形態異常を示し、大脳皮質の形成異常に似た病態を示しました。
福山型患者と正常対照者からそれぞれ樹立したiPSより作成した大脳オルガノイド(図2)。大脳の大きさは患者でやや小さいが、大脳皮質マーカーの発現がみられ、大脳皮質の作成に成功しました。しかし顕微鏡で観察すると、福山型のiPS細胞由来の大脳皮質オルガノイドは表面が不整であり、大脳皮質内のグリア細胞の移動異常が観察されました。皮質板は厚く不整で、細胞の移動異常が示されました(図3)。様々な細胞で糖鎖回復の効果がみられたMn-007を筋・大脳皮質オルガノイドに投与した(図4)ところ、糖鎖が回復し、大脳皮質の形成異常が一部改善しました(図4)。
今後の展開
本研究では、日本特有の筋ジストロフィーであるFCMDの病態解明のために大脳皮質や骨格筋を患者由来iPS細胞やその分化誘導法を用いて再現することができました。本成果は今後のFCMD病態解明や治療薬の効果検討に役立つと考えられます。日本人特有の疾患であることから、本疾患の治療法開発は日本人の責務であります。開発が難しいと考えられる低分子化合物を用いた中枢神経系の治療法開発に期待できる成果と考えます。
また、FCMDの類縁疾患であるαジストログリカノパチーは世界中に存在し、その疾患にも本化合物が有効である可能性があると考えられます。